
人事異動とは?実施する時期や理由と正しい手順、注意点を紹介

人事異動をおこなう理由、メリット・デメリットなどについて解説します。人事異動の正しい手順と注意点を理解することで、人事異動後のトラブル防止や企業の信頼性を保ち、退職リスクの解消につながります。参考にされてください。
目次
人事異動とは? 人事異動の種類も紹介

人事異動とは、企業の命令で従業員の勤務地や地位、勤務形態が変わることです。人事異動には企業内と企業外での実施があり、前者は社内での職位・勤務地・部署などが変わることを、後者はグループ企業への出向・転籍を指します。
細かく分けると、人事異動には次のような種類があります。
・部署異動
同じ事業所において、所属部署が変更になる人事異動
・転勤
転居を伴う人事異動で、転勤は従業員に負荷がかかるため、慎重に検討しなくてはなりません。
・昇進
社内での職位が上がることを指し、たとえば、課長から部長へ昇進するという人事異動がこれにあたります。
・降格
社内での職位が下がることを指します。業務成績の低迷による評価降格や、懲戒を理由に降格がおこなわれるケースもあります。
・出向
現在勤務する会社に在籍したまま一定期間、別法人(たとえば自社の関連企業の子会社・親会社)で勤務する人事異動を指します。
・転籍
在籍している会社との雇用契約を解除して、異動先の会社と新たな雇用契約を締結し勤務する人事異動です。
たとえば、企業内における人事異動のイメージとして、勤務地・部署・職位がすべて変更となったケースは以下の通りです。
・異動前:本社経理部で主任の職位にあった
・異動後:関東支社業務部に勤務地・部署が変わり、職位が係長に昇格した
人事異動の実施に適した時期
人事異動は時期が決まっているわけではなく、1年を通して実施されます。ただし、一般的に人事異動が多いのは、決算がある年度末の前後です。3月決算の企業であれば、3~4月に人事異動がおこなわれることが多いでしょう。
年度末の前後に人事異動が多い理由は、経営目標が年度を単位として変更され、経営目標の変更と共に組織再編を伴うことが多いことにあります。従って、人事異動の実施に適した時期は年度末の前後ということができます。
人事異動をおこなう理由

なぜ人事異動がおこなわれるのか、主に以下の4つの理由が挙げられます。
他部署の欠員補充のため
人員が不足した場合、欠員補充のために人事異動を実施します。欠員には自己都合退職や定年退職、転勤、産休などの例があります。欠員が生じた時に人材を採用するのではなく、人事異動により欠員補充するケースがあります。グループ企業間の出向・転籍による欠員補充もあり得るでしょう。
人材を採用すると採用コストや人件費がかかりますが、人事異動であれば発生するコストは少なくて済みます。また、会社内、もしくはグループ会社内での異動であれば、組織の風土に馴染みやすいでしょう。こうした背景から、欠員補充のために人事異動を実施しやすいという側面もあります。
人材のスキルアップ、組織活性化のため
人材のスキルアップや組織活性化を目的とすることも、人事異動をおこなう理由の1つです。日本企業では広範囲にわたる知識や経験を持つジェネラリストを育てる育成方針を採っていることが多く、単一の部署ではなく複数の部署、あるいは複数の職種を経験してジェネラリストとして育てます。
そのため、管理監督者に昇進する時までにさまざまな経験を積んでもらい、マネジメント・リーダーシップのスキルアップを目的として人事異動をおこないます。人事異動が少ないジョブ型雇用であっても、管理監督者候補に対しては本人の同意を得て、複数の部署・職種を経験してもらうことがあるでしょう。
人材がスキルアップしてくれば組織活性化にもつながります。たとえば、本社で経理経験が豊富な人材が支社の営業部に異動し、その人材が活躍すれば、営業部全体にコスト意識が芽生える効果が得られます。また、少しのんびりした組織に部下を厳しく育成する上司が異動になれば、緊張感のある雰囲気に変わるでしょう。
そして、同じ仕事をしていると慣れによる意欲低下につながることがあるため、人事異動をおこなって仕事内容を刷新して人材の意欲向上を目指すこともあります。このように、人事異動は人材のスキルアップや組織活性化を目的として実施されるのです。
企業戦略のため
人事異動は企業戦略の実行のためにおこなわれるケースもあります。企業戦略によって新規事業を設立したり、組織を新しく立ち上げたりすることがあるでしょう。新規事業に必要な人員を社内もしくはグループ会社から調達するため、人事異動をおこなうのです。また、組織を立ち上げる時も同様で、社内・グループ会社から人事異動をおこないます。
不正行為を防止するため
不正行為を防止するのも、人事異動をおこなう理由の1つです。同じ部署に長くいると、仕事が属人的になったり、あるいは第三者との関係が深くなったりします。不正行為が起こりがちとなるので、定期的に人事異動をおこなって不正行為を防止するのです。従業員に対しても定期的な人事異動は「不正行為を防止するため」と伝えて浸透すれば、不正行為抑止につながるでしょう。
人事異動の効果

人事異動の実施は、企業内外にさまざまな効果をもたらします。必ずしもポジティブな効果だけではありませんので、人事異動に伴う効果を予測しつつ実行する必要があるでしょう。
会社全体への効果
会社全体への効果として企業戦略や教育方針、適切な人員配置の実行などがあり、総合的に見て人事異動は企業の業績向上に貢献します。また、管理監督者の位置に優秀な人材が投入されれば、組織力の向上を見込めるでしょう。さらに、人事異動を前提とした働き方が会社全体に浸透していれば仕事の属人化を防ぎ、仕事の効率化を図る効果が全社的に期待できます。
なお、会社として技能承継の仕組みを講じておかないと、人事異動によってナレッジが共有されないというマイナス効果もあり得ます。
従業員への効果
人事異動による従業員への効果として、人材育成やモチベーション向上などの効果があります。人間関係の他、時には仕事内容さえもリセットされることで従業員が知識・経験の習得に熱心になり、成長してモチベーションを向上させます。ただし一方、望まない部署やグループ会社への異動は、従業員のモチベーションを低下させてしまうかもしれません。
社外への効果
上場企業の場合、役員や幹部候補者の人事異動を開示することがあります。企業戦略や経営目標の実行のために人事異動をおこなうことで、株主に特定のメッセージを与える効果も期待できるでしょう。企業戦略や経営目標はあくまで概念的なものです。そのため、人事異動を見ることで、たとえば株主は「この会社は企業戦略や経営目標の実行のために人事異動をやっている」といったメッセージを受け取ることができます。
人事異動のメリット・デメリット

人事異動には、メリットとデメリットの両方があります。ここで、それぞれ確認しておきましょう。
メリット
人事異動のメリットには、組織の活性化、従業員の動機づけの向上、優秀な人材の創出などがあります。人材が部署間もしくはグループ会社間を異動することが当たり前になれば、組織も新しい人材を受け入れ、新たなアイデアが組織内に生まれやすくなるでしょう。従業員も異動することで自身のスキルアップや人脈形成ができるため、働く上での動機づけとなるのです。
また、会社がリーダーとして育成したいと考える人材に対して、異動先の組織で困難なミッションを与えて乗り越えてもらいます。優秀な上司・同僚がいる組織に異動することで切磋琢磨し合い、優秀な人材に育っていくことでしょう。
デメリット
人事異動のデメリットには、引き継ぎにより業務へ支障が生じるというものがあります。引き継ぎが円滑になされず前任者が異動・退職してしまえば、後任者が業務で上手く成果を出せなくなります。引き継ぎの時間が不十分で業務が進まない場合には、本人の動機づけの低下につながるリスクもあります。
また、社員が望まない部署・グループ会社に人事異動となった場合も、動機づけの低下を招きかねません。その場合、「自らが考えるキャリアと異なる」と社員が考えて仕事の能率が上がらず、働くことへの満足感を得にくくなるでしょう。
人事異動実施の手順

人事異動実施の際の手順を確認していきましょう。基本的な手順としては、以下のような流れになります。
① 目的を明確にする
② 対象となる人材を挙げる
③ 内示を出す
④ 辞令を出す
人事異動には、配置転換や転勤(転居を伴う人事異動)、職種の転換などの種類があります。欠員補充・人材のスキルアップ・企業戦略などの人事異動の目的に照らして、目的を達成するためにどのような人事異動の種類が必要かを決定しましょう。
その後、対象となる人材を挙げます。対象者が一方的に異動する場合もあれば、拠点間で異動し合う場合もあります。そのため、部署・職種・氏名が正確かどうか、人事データを見ながら確認するようにしましょう。
人材が確定したら、対象者に内示を出します。内示は人事部がおこなう場合もありますが、通常は直属の上司から対象者に人事異動の内示をおこないます。異動の内示の時期は2週間~1ヶ月前で、転勤の場合は転居を伴うので1ヶ月前に内示をすることが一般的です。
内示の後に、正式に辞令が異動の対象者に対して与えられます。転勤の場合は住居を探さなくてはいけないため、辞令前でも人事部と対象者との間で連絡する必要があります。
人事異動に関する法律

労働契約法8条では、
1.会社は、業務上必要がある場合に、労働者に対して就業する場所及び従事する業務の変更を命ずることがある。
2 会社は、業務上必要がある場合に、労働者を在籍のまま関係会社へ出向させることがある。
3 前2項の場合、労働者は正当な理由なくこれを拒むことはできない。
と記載されています。しかし、育児や介護などの事情を抱える従業員もいるので、強権的に人事権を振りかざすと労使間のトラブルにもなり、違法となるケースもあります。人事異動に関する法律もおさえておきましょう。
■労働契約法第3条
入社する時に職種や勤務地を特定して契約している場合、その変更を伴う転勤や異動は、労働者の同意がなければ、使用者が一方的に実施することはできません。配転命令権の濫用(労働契約法第3条第5項)や法令違反になる場合もあります。
■男女雇用機会均等法第6条
使用者は労働者の配置・昇進・降格・職種の変更に関して、性別によって差別をおこなうことを禁止しています。
■育児・介護休業法第26条
「労働者の育児・家族介護についての配慮」の必要性が規定されており、労働者を人事異動で転勤させる場合、使用者は育児や家族の介護などに配慮する必要があります。
退職を防ぐために、人事異動を実施する際の注意点

最後に、人事異動を実施する際の注意点に触れておきましょう。注意点のポイントとしては、従業員にスムーズに人事異動を受け入れてもらうこと、退職を防ぐことにあります。特に、人事異動が従業員にネガティブに受け止められてしまうと退職につながりやすくなるので、以下の注意点を参考に人事異動を実施するようにしてください。
正しい手順
人事異動は会社からの命令とはいえ、従業員の仕事内容や部署、勤務地の変更を伴うものです。しっかり正しい手順を踏んで人事異動を実施することが、人事異動を実施する際の1つ目の注意点となります。
特に重要なのは、対象の人材に異動が困難な理由があるか(たとえば、育児や介護、本人の体調など)確認することです。困難な理由を確認せず人事異動を実施して、労使間のトラブルや対象者の退職につながらないように注意しましょう。
十分な説明
注意点の2つ目は、対象の人材に十分な理由を説明することです。会社の命令だからという理由だけでは、従業員には納得してもらえません。人事異動の理由、異動のタイミング(なぜ今の時期に異動なのか)、異動後の活躍の可能性、期待する役割などを、直属の上司が丁寧に説明するようにしましょう。説明がおろそかになると不安を抱えたまま従業員が異動することになり、動機づけを保ちにくくなります。動機づけの低下は退職につながりますので、人事異動の理由を丁寧に説明してください。
適切な手当や配慮
3つ目は、適切な手当や配慮があるか確認することです。特に転居に伴う引っ越し費用の補助・家賃補助などが想定されますが、賃金に関することなので、転勤が発生する前に手当や一時金を見直しておきましょう。退職リスクを解消するためにも、転居に関する費用をすべて従業員任せにすることなく、会社からの補助が出るような仕組みを検討したいところです。
公平性
公平性に配慮することも大切です。特定の部署や人材にばかり人事異動が集中すると、従業員が不満を抱きやすくなって退職リスクもはらみます。家賃補助に関しても、家賃が高い都市部には地域との補助よりも手厚くするなど、公平性への配慮も必要といえそうです。
まとめ
人事異動の理由、効果、人事異動実施の手順などについて解説しました。人事異動には、人材育成やモチベーション向上、会社全体としても組織力向上につながるといったメリットがあります。一方で、引き継ぎにより業務に支障が生じたり、後任者が上手く成果を出せなかったりするデメリットも考えられます。また、従業員が人事異動に従うことが原則といっても、強権的に人事権を振りかざすと労使間のトラブルにもなり、違法となるケースもあります。
人事異動を実施する際は、正しい手順を踏みながら十分な説明をおこない、適切な手当や公平性に配慮することも必要といえるでしょう。
《ライタープロフィール》
山崎英理夫(人事コンサルタント)
人事コンサルタントとして教育研修のプログラム開発、人事制度診断等を提供。また、企業人事として新卒・中途採用に従事し、人事制度構築や教育研修の企画・運用など幅広く活動。この経験を活かし、人材関連の執筆にも数多く取り組む。